評価:☆☆☆☆
49分48秒
北阪昌人
大阪生まれ。学習院大学文学部ドイツ文学科卒。血液型:A型 星座:山羊座
1993年『真夜中の公園』で東北放送開局40周年記念ラジオドラマ大賞を入選し脚本家デビュー。『水の行方』で第26回創作ラジオドラマ脚本懸賞入選し、以後、青春アドベンチャー・FMシアターに作品多数。他に、TOKYO-FM JET STREAM 構成担当、TOKYO-FM 「あ、安部礼司」脚本など。脚本が全文掲載されている月刊ドラマ1998年5月号によれば、入選を逃した佳作の2作も、現在活躍している井出真理・高木美津子というのだからこの年のレベルの高さが伺える。
評価:☆☆☆
受賞の言葉
月刊ドラマ1998年5月号より
7年前、今コンクールに初めて書いたラジオドラマを出した。入選には至らなかったけれど『ドラマ』誌に名前が載った。3次審査通過。うれしかった。大人になって初めて誰かに認められた気がした。書き続けられたのは、最初に活字で自分の名前を見たからかもしれない。以来、サラリーマンをしながら、いろんな人に励まされつつ、ここまで来た。僕は間違いなく、フィクションの恩恵を受けている。自分のバランスを保てたのは、ドラマのおかげ。フィクションに僕なりの返歌を送りたい。時は石器時代。マンモスをたくさん捕ることのできる男が優秀とされた頃、足も遅いし眼も悪い。いつも足手まとい。でも、皆が疲れて帰ってきた時、火を囲んで、とびきり優しく元気のでる話しをする奴がいたと思う。リーダーにお前はマンモス捕らなくていいから、一日中お話考えてなさいと言われた奴。そういう奴に、僕はなりたい。
評価:☆☆☆☆☆
ストーリー
メインストーリー
五重衝突という大事故で婚約者を亡くし、心身ともに傷を負った主人公の青年。人との接触を避けたいがために水道メーターの検針員のアルバイトをして暮らしている。図らずも同じ事故の被害者である未亡人と偶然に知り合う。その女性の人生の再出発に手を貸すことで、自らも事故を乗り越え立ち直る再生の物語。もうひとつの魅力は、冒頭で提示されるミステリー。女性が使う水の量が毎日浴室10杯分以上と半端ではない。その理由を明かす結末が圧倒的迫力。選評では作り過ぎ感が否めないとあるが、これだけの伏線をきっちりきれいにまとめあげる力量はただものではない。フィクションではあるが、日常で身近に起こり得る物語として提示している点も見事。
サブストーリー
サブストーリー×4 魅力あるメインストーリーをも凌駕する短編4話。[01]09:06~ [02]19:37~ [03]22:27~ [04]36:43~
[01]婚約相手の両親に挨拶に行く途中での壮絶な五重衝突事故。そして彼女の本心が自分にないことをも知ってしまう。心身ともに2重のダメージ。彼女は即死。[02]中学時代、転校生同士の友達がいじめを苦に自殺。[03]奈美の次兄は急性骨髄性白血病で死期間近。骨髄移植のドナーが見つからず悲嘆にくれている頃、行方不明の長兄がふらりと現れ、次兄を助けまたふらりと去っていった。[04]仁科玲子の毎日使用する尋常ではない水道量。その理由が明かされる。旦那との出会いから結婚、事故に至るまで。
俳優
朝霧優介=千葉哲也 坂下奈美=山本麻生 大賀マリエ=久野くみこ 奈美の祖母=小野敦子 仁科玲子=毬谷友子
役者がわずか5人(祖母はひとことだけなので実質4人)というのは、各人の技量と魅力を感じられて良い。主人公優介を演じる千葉哲也は、演劇関係で幅広く活躍している。静と動を使い分け感情の機微を乗せるのが達者。彼が演じたからこそ名作になったと言える。他に青春アドベンチャー不思議屋シリーズなど出演多数。奈美を演じる山本麻生は当時はまだ無名の世界不思議発見リポーター。現在は関西系ドラマで活躍。素人っぽいのが演技なら最高にうまい。自分が傷つきたくないから早口で、優介に話す隙を与えないという間や性格をうまく表現できている。玲子を演じる毬谷友子は、元タカラジェンヌ!はかなげな線の細い女性の感じをうまく声で表している。
比喩表現
類型的ではない。創作要素あふれる表現!
サブストーリー[01]、事故で衝突する瞬間、フロントガラスが鮮血で真っ赤に染まる様子を、「目の前にガードレールが近づき、赤がはじけた」と描写。ラジオドラマだからこそ通用するなんとも言えない想像力をかきたてる巧みな書き方である。ラスト近く、「仁科玲子の水は、数適を最後に止まった」という部分は二重の意味を持つ。蛇口の水が止まったことと、玲子の水(=涙)がこぼれ落ちるのが止まったことだ。
SE
SE = 効果音 おそらくこの物語にためだけに録られた良質な音源多数
例えば水の音。というだけでどれだけたくさんの音の表現があるだろう。雨、バケツ、小川、水滴、やかんの沸く音。詳細は後日解説。足音・バックの車の走行音にすらただならぬこだわりがある!あと場面を一気に転換するなどという技も。個人的にはタバコを吸うシーンが美しいと感じる
科白
科白と書いてセリフと読む。テレビや映画では字幕という解説手段があるが、ラジオでは状況の説明にナレーションを用いるか、モノローグという役者の心の声を使用するしかない。この使い方が難しい
話のほとんどが優介のモノローグによって進行する。モノローグの時と会話の時の微妙なトーンの使い分けが千葉哲也は巧い。17:35付近の、奈美のセリフ「好き?(間)コロッケ」の間がひどくいい。この場面を深読みすると、奈美は優介に、自分のこと好き?と尋ねたとも言える。が答えを待ちきれず、ふられるのも怖いので、コロッケって好き?と逃げたのだ。こういった微妙な会話が、この作品には多い。
伏線
伏線は、ミステリー・なぞ掛けと言ってもいい。うまい脚本を書くには必要な常套手段。
この作品の一番のミステリーは、仁科玲子の使用する水道量の尋常ではないこと。これが冒頭1分で提示され、解決するのは最後47分まで待たなければならない。その謎が解けた瞬間の心地よさが最大の魅力である。その他にも小さな伏線が多数ある。03:17「まぶかにかぶった帽子が…」というセリフ。普通なら聞き逃すなんでもないセリフだが、まぶかにかぶる理由があるのだ。それは優介が事故で顔に大怪我を負っていて隠したいから。それが明かされるのは08:00頃。テレビでは映像として見えてしまうのをラジオでは隠しとおせるというのが面白いさらになぜそんな大怪我をしたのだろうか?という疑問への回答がしばらく後で語られる。
ベッドシーン
エロいだけではない!? 17:40~ 優介と奈美の官能を堪能あれ
ラジオドラマ史上最も美しいベッドシーンだと個人的には思っている。NHKなので過激な表現は控えられているとは思うのだが、ただ視聴者に性欲をそそらせるという表現が多い現在において、このぎりぎりで巧みなシーンは感動すら覚える。奈美の吐息、キスの音、BGM(こちらで視聴可)。どれもが上質。
BGM
BGM = back ground music 選曲は伊藤守恵 NHKラジオドラマ選曲の約9割を担当している。
神山純一のCD『水の音楽』を掘り出してきたことに賞賛。テーマが水なので相乗効果でよい雰囲気が出ている。以後他のラジオドラマでもときたま使われるが、どうしてもこっちの作品を想起してしまう。17:40~の甘いバラードは、Babyface の "Everytime I close my eyes" 他にTRFなどあるが、調べ切れていないので詳細は後日。
死
死のないドラマに涙無し
登場人物が少ない割には多くの人間が死んでいる。優介の婚約者・優介の中学時代の友人・玲子の婚約者。他に奈美の兄も死にかけている。あらがいきれない切ない死というのは悲壮感と涙を誘い、物語の奥行きを増す。安易に使用すると安っぽくなるので使いどころは難しい。